出光興産株式会社
代表取締役副社長
副社長執行役員(兼)COO
丹生谷 晋
これまで化石燃料を主体としてきた当社は、2050年のカーボンニュートラル、循環型社会の実現に貢献すべく、事業構造を大きく変えていきます。
先般公表した2023年度を起点とする本中期経営計画は、2050年のありたい姿と、そこからバックキャストで設定した2030年目標を達成するための指針であるとともに、具体的に取り組む項目を示した「実行計画」であり、単なる3カ年の収支計画ではありません。化石燃料依存を脱しつつ、次のエネルギーやカーボンニュートラルソリューションのメインプレイヤーとなるための事業構造改革投資は、2030年までに1兆円規模を想定しています。事業構造が大きく変わっていく以上、これを実現する人財戦略についても見直しが求められます。そこで、本中期経営計画では、事業構造改革投資と人的資本投資を「車の両輪」として示すことにしました。
実は、当社の取締役会の席上、社外役員から「事業構造改革を進めるための手段が人的資本投資ではないか。この二つを並列に扱うことに違和感がある」と疑問を呈されました。しかしながら、「人の成長」を経営目的とする当社において、この点に強い拘りがあります。
当社は創業以来、「人が中心の経営」を標榜し、全ての従業員がそれぞれの能力や個性を遺憾なく発揮し、化学反応を起こしながら、チームとして何かを成し遂げる、そうした経験を通じて一回りも二回りも大きく成長していく過程を何よりも大事にしてきました。当社の経営の原点は「人間尊重」です。創業者は、事業経営を通じて「人がしっかりしていれば、どんな苦難も乗り越えられる」という強い信念の下、「人が資本」という言葉を残しました。当社においては「人の成長」が揺るぎない経営目的なのです。
当社の人財戦略の目的は、先の見えない時代にあって、どのような未来が来ても、しなやかに、逞しく、未来を切り拓いていく人財集団を作ることにあります。
そのためにまず取り組むことは、当社の従業員の能力向上、リスキリングです。今回、従業員一人当たりの教育投資額を国内トップクラスの年間100千円/人(従来は43千円/人)に設定しました。当然のことながら、これは全員一律ではありません。同時に、単純に従来型の研修を増やす意図はありません。
社内で実施する研修は、参加者の能力向上だけでなく、他部門で活躍する従業員と交流し、相互理解や視野拡大につなげる効果があり、今なお有効です。しかし、他部門との交流を目的とするのであれば、現在の部門に在籍し仕事をしながら、他部門の職務を一定割合兼務する社内副業制度や部門横断的なワークショップなどで代替可能です。今後力を入れていきたいのは、国内外の大学院やその他の教育機関、自治体など社外との接点、言わば他流試合の機会の創出です。とりわけ、変革を牽引する役割を担う人財や高度な専門性を発揮する役割を担う人財には、積極的に社外と交流し視座を高め、視野を拡大してもらう機会を作っていきます。さらに、その中から選ばれた次世代経営候補者に対しては、タフアサインメントを経験させると同時に、ビジネスコーチングなどで側面支援していきます。新たな事業展開に必要な能力や起業家マインドを醸成する目的で実施している「スマートよろずやデザイン塾」「CNXセンター塾」やDXリテラシー向上研修の内容を充実させ、対象者拡大にも取り組んでいきます。
また、堅実な業務遂行を通じて、安定した事業を支える役割を担う人財に対して、業務遂行に必要なスキル研修やさまざまな学習支援、キャリアプランセミナーなどを提供していきます。以上は一例ですが、それぞれの役割、持ち味や価値観・興味、ライフステージに応じた、メリハリの利いた教育投資を実施していきたいと考えています。
なお、教育投資は、従業員が自律的なキャリアプランを作成してもらうことが大前提です。どのような将来を描きたいのかを決めるのは従業員自身であり、会社はその実現に向けた努力を支援します。キャリアプラン作成に悩む従業員に対しては、キャリアコンサルティングを提供していきます。
事業構造が変われば、属する業界も競争相手も変わります。これまでは主に国内業界の顔の見える相手との闘いでしたが、これからは国境も業界も超えた顔の見えない相手との競争が始まります。おそらく、想像以上にスピーディーで熾烈なものになるでしょう。当社従業員の能力の底上げを図るだけでは闘えません。これまでの延長戦上ではない、新たな価値創造のためには、異なるバックグランドや知識・経験を持つ人々の力を結集していかなければなりません。女性活躍、男性育休、 LGBTQへの理解(Ally)、障がい者雇用拡大への取り組みを強化することはもとより、社外から多様・多彩なタレントを呼び込むことが欠かせません。当社グループの海外ナショナルスタッフや外国籍社員の活躍の場を拡大していくことも欠かせません。D&Iの深化は、最も重要な経営課題の一つと位置付けています。
現状 |
2025年度 | 2030年度 | ||
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D&I | 女性採用比率※ | 23% | 50%以上 (2026年4月時点) |
50%以上 |
女性役職者比率 | 3% | 5%以上 (2026年7月時点) |
10%以上 | |
男性育児休業取得率 | 56% | 80%以上 (2026年3月時点) |
100% | |
従業員一人当たり教育投資額/年 | 43千円 | 100千円以上 (国内トップクラス) |
100千円以上 (国内トップクラス) |
「一歩先のエネルギー」「多様な省資源・資源循環ソリューション」「スマートよろずや」の社会実装に向け、これまで以上に多様なパートナーとの連携が必要になってきます。常にアンテナを高く張り、世界中からベストパートナーを探し出さなければなりません。プロジェクトを進めるに当たっては、利害や価値観の異なる関係者を一つに束ねていかなければなりません。自社の利益だけを考える企業には誰もついてきません。国・地域社会のために考えぬき、働きぬく当社の大義と志があってはじめて、関係者のベクトルが一致し「社会実装」に向けた共創関係が構築できるのです。
人財の多様化を推し進めつつ、包摂(インクルージョン)していくうえでの基盤となるのが企業理念であり、ビジョンです。個性や役割は多様であっても、企業理念やビジョンに共感し、チームとして同じベクトルを向いていることが大前提です。本中期経営計画では2050年カーボンニュートラル、循環型社会の実現に向けた会社全体の絵姿と道筋を示しました。その中で各事業部門、コーポレート部門、関係会社がどのように構造改革を進めるのか、何に力を入れていくのか部門内で徹底的に討議し、一人ひとりの従業員がどういう役割を果たしていくのか、考えてもらうようにしています。そのために経営層、従業員間のダイレクト・コミュニケーションを充実させるとともに、経営の透明度を高め、経営情報をタイムリーに共有化していきます。
本中期経営計画で、人財戦略に関する主要なKPIを対外的に開示しました。当該KPIは役員報酬制度に反映させます。特に重視しているのが、企業理念への共感、当社の戦略・目標への支持、自分の役割の理解、成長実感等で構成させる「出光エンゲージメントインデックス」です。2030年には現状の67%から世界トップクラスの80%まで引き上げていきたいと考えています。
当社が2050年においてエネルギーとカーボンニュートラルソリューションのメインプレイヤーとなれるかどうかは本中期経営計画での取り組み次第であり、その意味で次の3年間が当社の将来を左右する重要な分岐点となります。その鍵を握るのが人財戦略だと思っています。
当社は企業理念「真に働く」の下、「人が中心の経営」を掲げ「人の成長」を経営の目的にしています。当社の人財戦略は、多様な 人財が個性を発揮し、仕事を通じて成長することを基本的な価値観としており、2050年ビジョンの実現に向け、「どのような未来 が来ても、しなやかに、逞しく、未来を切り拓く人財集団」となるための施策を展開しています。
人財戦略として展開する施策は、大きく2つの視点で構成しています。1つ目は、人財が成長するための土壌となる風土の醸成です。多様な人財が集う中で同じベクトルを向くための「企業理念・ビジョンへの共感」、事業変革に向け新たな価値を創造するための「D&Iの深化」に取り組んでいます。
2つ目は、人財の役割に応じた成長促進です。先の見えない時代においても未来を切り拓いていくために、役割に応じた能力開発やリスキリングにつながる教育投資を拡大し、「個々人の能力・個性の発揮」を促進しています。
人財戦略で展開するこれらの取り組みを人的資本投資として経営戦略の根幹に据え、事業構造改革投資との両輪で、2050年ビジョンの実現を目指しています。
当社にとって企業理念は「この会社は何のために存在しているのか」を示すものです。企業理念は普遍で、北極星のようにずっと見え続けているものであり、社員にとっては自分が何か判断に迷ったときのよりどころであり、常にこうありたいと目指すものです。
当社は企業理念について理解を深め、実践するため、一人ひとりの自問自答を大切にしています。従業員一人ひとりが、自身の担う業務と社会との接点や、自らが働く意義などと照合し、自問自答することや、従業員同士の対話において、自分の理解を共有することで、新たな気づきを得て、自らの考えを整理し、理解を深める好機になると考えています。
企業理念をテーマに対話する「3つの対話」など、従業員一人ひとりの理解を深める以下の施策を展開しています。
今回(2022年11月)、社員向けに行った企業理念の認知・共感アンケートでは、99.6%が企業理念を知っており、69.4%が十分理解していると回答しました。共感度は10段階で平均6.9ということからも、取り組みの成果が表れています。